久留米でお仕事&凱旋「がばサバーイ」スペシャル 2004
またまたきんさんにくっついて九州へ行って参りました。 その模様をお知らせしたいと思います
2004年 5月21日(きん曜日) 晴れ *あ〜あ、東京に帰らなきゃ編*今日は、ついに東京に帰る日でございます。
今日も早めに起きまして、もこ君の散歩に出かけました。
昨日よりも、少し遠くに行ってみました。
もこ君は、先日会ったばかりの私との散歩でも、機嫌良く歩いてくれました。
さて、お昼ご飯を食べ終わりますと、
つよしにいちゃんは、声だけきんさんにお戻しになられまして。
S川さん並びに、T花さんにお礼の電話をおかけあそばされました。
その後、金子屋さんに参りまして、
つよしにいちゃんのお母様と、
とよ君のお母様に、このたび大変お世話になりましたと、重ね重ねお礼を申し上げました。
金子屋さんの近所には、「越山もち」という、柳川名物のお菓子屋さんがございまして、
つよしにいちゃんと一緒に、そちらにお土産を買いに参りました。
つよしにいちゃんは、私の分のお土産を、1箱買って下さいました。
私はお礼を申し上げ、涙を流して、もうひと箱(これは自分で)買いました。
再度、金子屋さんへ戻りまして、ご挨拶を致し、空港に向かいました。
空港までは、とよくんが車で送って下さいました。
途中、福岡では一ニを争うという、有名なラーメン屋さんへ入りまして、
この旅行では最後となる、本場のとんこつラーメンを味わいました。
また、移動中、「きんさん」にお仕事的に嬉しいお電話が会った御様子でした。
空港に着きますと、とよくんはお帰りになられました。
つよしにいちゃんと私は、この数日間のお礼を申し上げました。
出発まであまり時間がございませんでしたが、
つよしにいちゃんは、いくつかのお土産物をお求めになっていらっしゃいました。
飛行機は、無事に羽田に着きまして、長いようで短かった、
福岡凱旋旅行は、終わりを告げました。
つよしにいちゃんは、高速バスにお乗りになって、
一週間ぶりの三鷹御殿へとお帰りになられました。
最後に、この場を借りまして、この旅行でお世話になりました、
全ての皆様にお礼を申し上げたいと思います。
ありがとうございました。
2004年 5月20日(木) 曇り時々雨 *「いか泳いでます」編*今日は、けっこう早く目が覚めてしまいました。
とよくんの御両親は、すでにお仕事に出ていらっしゃいましたが、
つよしにいちゃんと、とよくんは、まだお目覚めではございませんでした。
新聞でも読もうかと思っておりますと、
とよくん宅の犬のもこ君が、外へ行きたいと騒ぎましたので、
小一時間ばかり、家の近くの田園地帯を散歩に連れて参りました。
家に戻りますと、つよしにいちゃんも、とよくんもお目覚めになりましたので、
とりあえず食事をとりました。
今日は、つよしにいちゃんのお母様から、ビデオ機器のセッティングを頼まれておりましたので、
(つよしにいちゃんのお母様が、今はやりの韓国ドラマ「冬の粗鉈」を御覧になるため)
食事が終わってから、3人で金子屋さんへ向かいました。
ビデオのセッティングはすぐにつよしにいちゃんがやって下さいまして、
つよしにいちゃんら、我々3人をはじめ、
つよしにいちゃんのお母様、ふたりの妹さん、そして下の妹さんのお子様と一緒に、
先日の長崎旅行の映像や、妹さん御一家の、家族ビデオを拝見いたしました。
ビデオ観賞会が終わりますと、金子屋さんをおいとま致しまして、
先日、閉館していた、成田山へ連れて行って頂きました。
巨大な観音様のてっぺんまで、階段で登るのは、けっこう大変でしたが、
展望台から一望する、久留米の風景はとてもきれいでございました。
その後、お寺の敷地内にある、仏画の展示室や、
ヒスイなど、鉱石の博物館などを見学致しました。
また、少しばかりお土産物などを購入致しまして、柳川に戻りました。
夕食には、つよしにいちゃん御一家と、とよ君御一家に混ぜて頂いて、
車で少し行った所にある、海鮮料亭に連れて行って頂きました。
お店の中にいけすがございまして、魚やイカなどが、泳いでおりました。
つよしにいちゃんは、天刺定食を召し上がりました。
有明海の魚は大変美味しゅうございまして、私は涙を流して御相伴に預かりました。
とよ君宅に戻りますと、大変星がきれいに見えましたので、
つよしにいちゃんと、とよくんに案内して頂いて、
家の近くの田園地帯を夜風に吹かれて散歩致しました。
散歩から戻りますと、
とよくんのパソコンに、ゲームパッドを接続する作業を行いましてから、布団に入りました。
布団に入ることは入りましたが、今日も夜遅くまでタイ語講座が行われました。
2004年 5月19日(水) 曇り時々雨 *むぞげに、はげらしか編*つよしにいちゃんも私も、普段ほとんどアルコールを口に致しませんので、
昨日のお酒がかなり残っており、今日は午前中はダラダラと過ごしました。
昼過ぎに、つよしにいちゃんは御実家の金子屋さんへ行く用事がございましたので、
とよくんの車で金子屋さんへ参りまして、そこで一旦つよしにいちゃんとはお別れしました。
とよくんとわたしは、大きな電器店を廻りまして、ちょっとしたお買い物を致しました。
夕方6時頃に金子屋さんへ戻って、つよしにいちゃんと合流致しますと、
防波堤の方へ、海を見に参りました。
ちょうど潮の変わる時間でございまして、長崎で見たのと同じように、
見る見るうちに砂浜が海になって行く様は、圧巻でございました。
つよしにいちゃんは、「夜釣りなど致すもをかし」と、仰せになられました。
とよくん宅へ帰りまして、食事を済ませますと、とよくんのお父さんが、
ちっご弁&八女弁講座を開いて下さいました。
そして、今夜も寝る前にタイ語の勉強を致しました。
2004年 5月18日(火) 晴れ *N溝さん、ジョッキで焼酎大はしゃぎ編*昨日に続き、今日も良く晴れました。
つよしにいちゃんのお二人の妹さんに、買い物に連れて行って頂きました。
もちろん、つよしにいちゃんと、とよくんも一緒で、
つよしにいちゃんの下の妹さんの長男のしゅうくんも、一緒に参りました。
車で連れて行って頂いたのは、大牟田にある「ゆめタウン」という、
巨大なショッピングモールでございまして、
ちょうど着いた頃に正午近くでございましたので、
中にある、セルフサービスのレストランでお食事を致しました。
つよしにいちゃんは、お好きな物をとって、たくさん召し上がりました。
食事が済みますと、皆でペット屋を冷やかしたり、100円ショップで
買い物をしたり致しました。
つよしにいちゃんは、100円ショップで何やらお求めになった御様子でした。
次に、妹さんたちにゆっくり買い物をして頂こうと言うことで、
つよしにいちゃん、とよくん、私の3人は、しゅう君を連れて、
店内にある、お子さまコーナーでマターリと待ちました。
つよしにいちゃんは、広場にあるおもちゃで、しゅう君と楽しく遊んでいらっしゃいました。
買い物が終わりますと、柳川へ一度戻りましたが、
夜には、つよしにいちゃんの御学友であらせられる、
N溝さんとお会いする予定がございましたので、時間を見計らって、
とよくんに車で佐賀市内まで送って頂きました。
久しぶりにつよしにいちゃんに御会いになって、
N溝さんは大変な感激ぶりでございました。
N溝さんは、我々3人を、とある高級炉端焼き店ヘ御招待下さいました。
また、そこで、地元で放送関係のお仕事をなさっていらっしゃる、
K田さんを御紹介下さいました。
5人で楽しく飲んだり食べたり致しておりましたところ、
N溝さんは、酒が進むにつれて、どんどん面白くなっていらっしゃいました。
店員さんもN溝さんをたいそう面白がられて、
焼酎(日本酒だったかな?)を、大ジョッキに入れ、きゅうりを刺してお出しすると言う、
サービスなのか、おちょくられているのか、ワケの分からない状態になってしまいました。
炉端焼き屋さんを出ますと、もう一軒、
N溝さんのなじみの店で少しばかりお酒を飲みまして、解散致しました。
別れ際、N溝さんはつよしにいちゃんの手をがっちり握られて、
涙を流して別れを惜しんでいらっしゃいました。
つよしにいちゃんの、御人徳の深さを、強く感じた、佐賀の夜でございました。
2004年 5月17日(月) 晴れ *まさおさん、お土産忘れてごめんなさい編*今日は、先日の久留米のスタジオにて、
S川さんのお歌の再レコーディングを行いました。
レコーディングは2時からだったので、昼食を食べてから
とよくん宅を出発しました。
とよ君の運転してくれる車で、ほぼ時間通りにスタジオに着きますと、
相前後してS川さんもおいでになられ、レコーディングが開始されました。
レコーディング中、つよしにいちゃんはお仕事モードのきんさんに変身なさいました。
今日の録音は、とよくんも見学されました。
S川さんの歌の次に、きんさんがコーラスパートをお入れになりました。
その甲斐あって、大変素晴らしい歌が録音できました。
ちょうどレコーディングが終わる頃に、
T花さんが陣中見舞いにいらっしゃいまして、
久留米では有名なお菓子屋さんの、串だんごを持って来て下さいました。
エンジニアのK江さん、とよくんも御相伴に預かり、
皆さんで涙を流して、T花さんにお礼を申し上げました。
レコーディングが終わりますと、
きんさんは皆さんにご挨拶をして、スタジオをお出になり、
つよしにいちゃんヘと再変身なさいました。
少し小腹が空きましたので、柳川に帰る途中で、ラーメン屋さんへ入りました。
申すまでもありませんが、福岡で「ラーメン」と言えば、とんこつがデフォルトです。
つよしにいちゃんは、大盛りラーメンを召し上がりました。
ラーメン屋を出ますと、つよしにいちゃんはゲームショップでお買い物をなさいました。
上の妹さんから頼まれていた、テーブルゲームのソフト等をお求めになりました。
次に、つよしにいちゃんの後輩でいらっしゃる、
大○下のまさおさんのお宅へ、とよくん共々お邪魔いたしました。
まさおさんの部屋へ入らせて頂くのは初めてでございましたが、
つよしにいちゃんから伺っていた通り、
部屋中に飾られたスタ−ウオーズのフィギュア、膨大な量のビデオ、
巨大な水槽で泳ぐ熱帯魚たち等、私の興味を惹かぬ物は何一つありませんでした。
久しぶりに御会いになるつよしにいちゃんと、さぞたくさんお話をしたかったでありましょうに、
まさおさんは、私に知る限りのプロレスの裏話&業界ネタを、
たくさんお話して下さいました。
もし、純粋プロレスファンのO石さんがいらしたら、
きっと涙を流してお喜びに(ひょっとするとお怒りに)なるであろうと思いました。
まさおさんは、私にアメリカのプロレスのビデオをお土産に下さいました。
まさおさん宅での時間はとても楽しかったので、ずいぶんと長居をしてしまいました。
とよ君の家に帰りますと、かなり良い時間になっておりましたので、
早々に入浴して、布団に入りましたが、
勉強熱心なつよしにいちゃんは、タイ語の勉強だけは忘れずになさっていらっしゃいました。
2004年 5月16日(日) 雨 *長崎はやっぱり雨だった編*今日は日曜日で、つよしにいちゃんの御実家の金子屋さんはじめ、
ご親戚の皆様もお仕事がお休みということもあり、
皆さん総出で長崎に参ることになりました。
つよしにいちゃんの御家族と、とよくんの御家族に、私がおまけとして連れて行って頂きました。
あいにくの雨模様でございましたが、かえって道は空いているようでございまして、
お昼前には長崎に到着致しました。
まず最初に、大浦天守堂を見学致しました。
坂の上に建つ、大変きれいな教会でございまして、殉教の絵がたくさん飾られていました。
ひと通り見回りまして、外へ出ますと、さすが長崎、坂が多くございました。
立ち並ぶお土産店などを見てみますと、べっ甲やガラスの細工物、
あるいは、果物の枇杷などが名産品であるようでした。
次に車で中華街に移動致しまして、チャンポンの有名なお店で昼食をとりました。
食事の前に、私はつよしにいちゃんのご親戚一同様に、このたびのお礼を申し上げ、
この御恩に報いるためにも、つよしにいちゃんの役に立てるよう、
これからも一生懸命仕事を致しますと、お誓い申し上げました。
さて、チャンポンの方は、さすがに本場だけあって、素晴らしい美味しさでございました。
そのままでももちろん美味しゅうございましたが、
つよしにいちゃんの勧めに従って、ウスターソースをかけた味も、これまた絶妙でございました。
食後は、しばらく中華街を散策いたしました。
横浜や神戸の中華街に比べると、こじんまりとして、きれいな印象でございました。
つよしにいちゃんのお母様が、1つのお店でべっ甲細工の亀を買って下さいました。
財布の中に入れておくと、良いことが起こると教えて下さいましたので、
お礼を申し上げて、早速財布の中にしまいました。
中華街を出ますと、市の郊外にございます、ペンギン水族館へ参りました。
もちろん、ペンギンだけではなく、魚などの水生動物もたくさんおりました。
タイ原産の、大きな淡水魚もいて、
つよしにいちゃんは大変お喜びでいらっしゃいました。
水族館から、福岡に戻る途中で、カニの直販所に寄りましたが、
カニを煮るのに少し時間がかかるとのことで、直販所の2階で休憩をいたしました。
その間、とよ君のお父様から、有明海でとれる魚や貝についての講議を受けました。
また、つよしにいちゃんが常々、
「有明の潮の満ち引きこそ、げにすさまじ」とおっしゃられておりましたが、
そのお言葉に違わず、カニを煮てもらっているほんの15分〜20分ばかりの間に、
砂浜だったところが海になっているのを見た時は、肝を潰してしまいました。
九州の奥深さと、自然の神秘を感じた瞬間でございました。
柳川に近づく頃には、ずいぶん日も暮れておりまして、
途中の焼肉店に入って、夕食をごちそうになりました。
メニューを見ますと、微妙に関東の品揃えとは違ったものが見受けられ、
東西の食文化の違いをここでも発見できて、それだけでも楽しい夕食でした。
食事をしながら、つよしにいちゃんの下の妹さんのご主人が、
いわゆる柳川特有の方言について、色々と教えて下さいました。
そこへ、とよくんのお父さんが八女弁で割って入っていらしたので、
私はたくさんの言葉を覚えなければならず、脳みそが、がばひっこわりました。
食事が終わりますと、金子屋さんの前で解散となりました。
とよくんのお宅へ戻りますと、
つよしにいちゃんはお疲れのことと思いきや、
「タイ語講座をば、催そうではないか」と宣われ、
上の妹さん(タイ在住で、この時期帰郷為さっていらした)からもらった、
タイ語入門の本を見ながら、私にタイ語の単語をたくさん教えて下さいました。
そうこうしているうちに夜は更け、いつの間にかつよしにいちゃんはお休みあそばされました。
2004年 5月15日(土) 雨 *きんさん、「つよしにいちゃん」に変身編*目を覚ましますと、まずは昨夜夕食を頂きましたお部屋へ移動して、朝食をとりました。
旅行へいらした時の例にもれず、きんさんはたくさん召し上がりました。
食事が終わりますと、荷物をまとめまして、ホテルをチェックアウトし、
S川さんの車で、きんさんの御実家に送って頂きました。
途中、ホテルの近くにある「三連水車」を見に参りました。
名前の通り、三つの水車が一緒になったもので、この辺りの名物とのことでございました。
S川さんは「特に目を惹くべきものにあらず」と、おっしゃっておられましたが、
きんさんは少なからず感銘をお受けになっておられるように、お見受けいたしました。
ところで、、本日は朝から小雨がぱらついておりましたが、
金子屋さんにつく頃には、かなりの大雨が降りだしました。
S川さんは、駐車場に車を停めますと、H後さんと一緒に、
金子屋さんへお入りになり、きんさんのお母様にご挨拶をなさいました。
S川さんは金子屋さん御自慢のコロッケをお求めになって、お帰りになられました。
さて、S川さんがお帰りになられて、お仕事モードを解除なさったきんさんは、
「きんさん」から「つよしにいちゃん」に変身なさいました。
私がつよしにいちゃんのお母様にご挨拶をしたり、
粗末なお土産などをお渡し申し上げておりますと、
とよくんが車で迎えに来てくれました。
福岡滞在中は、とよくんの家に泊めて頂くことになっておりますので、
つよしにいちゃんと私は、とよ君のお母様(金子屋さんで働いていらっしゃる)に、
お礼を申し上げた上で、とりあえずとよくんのお宅へ向かいました。
とよくんの家に荷物を置きますと、とよ君の運転でドライブに出かけました。
まずは、有明海を望む防波堤に連れて行って頂き、
潮の引いた砂浜で、ぴょこぴょこと動く、ムツゴロウを観察しました。
次に、本吉山という山に登りまして、中腹にある、清水寺に参りました。
この山へは、つよしにいちゃんは少年時代に、よくカブト虫など取りにいらしたとのことで、
確かに大きな木がたくさん生えた、自然の宝庫といった風情の山でございました。
清水寺に参ります途中には、「五百羅漢」と申す、無数のお地蔵様がいらっしゃいまして、
つよしにいちゃん曰く、
「早朝にて虫など取りに参らせし折など、朝日にて地蔵菩薩の目の光たるを見ゆれば、
その恐ろしき風情たるや、比ぶべきものあらず」とのことでございました。
確かに、森の中を静かに流れる細い渓流のほとりに、
ずらりと並んだたくさんのお地蔵様は、大変な圧巻でございました。
清水寺をお参りいたしました後は、すぐ近くにあるお茶屋さんへ参りました。
つよしにいちゃんはコーヒーを召し上がりました。
そのお茶屋さんは「竹屋」さんと申され、店内に飾ってある写真などを拝見いたしますと、
有名人の方々も、多数お見えになっていらっしゃる御様子でした。
竹屋さんのおかみさんは、大変気さくな方で、
昔の話から最近の話題まで、色々なエピソードを語って下さいました。
つよしにいちゃんは、少年時代を思い出されて、おかみさんと楽しくお話をなさっておいででした。
ちょうどお茶を飲んでおります時に、S川さんから連絡がありまして、
2日後に、もう一度スタジオで歌の録音をいたしましょうということになりました。
さて、山を降りますと、今度は久留米にある、成田山というところへ参りました。
こちらには、高さ62mにも達する、巨大な観音様の像がいらっしゃいまして、
てっぺんまで登ることができるとのことでございましたが、
あいにく閉館時間を過ぎており、門の前から観音様を見上げ申し上げるに留まりました。
とよ君宅へ戻りますと、御両親が帰っておいででしたので、
私はあらためてご挨拶をいたしました。
明日は皆さん総出で長崎見物へ参ることになっておりましたので、
お食事とお風呂を済ませますと、
つよしにいちゃんは、早々に布団に入ってお休みあそばされました。
2004年 5月14日(金) 晴れ *あたかも王様のような接待編*スタジオを出ますと、夕方でございましたが、そこはさすが西国九州、まだ日は高うございました。
S川さんは、わざわざきんさんと私のために、温泉旅館を予約して下さっており、
マナージャーのH後さん、そしてT花さんと車に分乗して、
朝倉郡にある、当地の有名なホテルへ連れて行って頂きました。
そのホテルの近くでは、「鵜飼い」が見られるとのことで、
S川さんはとても楽しみにしておいででございました。
ホテルに着きますと、去年の宿に勝るとも劣らぬ立派な建物でございまして、
きんさんも私もまたぞろビックらこいてしまいました。
お話に因りますと、いとやんごとなき、御位の方もお泊りになられたことがあるとのことでございました。
まずはお部屋でくつろいでから、温泉に入ることにいたしました。
S川さんがわざわざ部屋まで呼びにいらして下さいまして、
皆さんで連れ立って、浴場へ参りました。
本日は、男湯が露天風呂になっておるとのことで、
S川さん、きんさんと一緒にそちらでお湯を頂きましたが、
あまりに気持ちがよろしゅうございましたので、危うく眠ってしまいそうになりました。
きんさんが起こして下さらなかったら、私は今頃、湯舟の藻屑となっていたことでございましょう。
お風呂から上がりますと、皆さんそろってお食事を頂きました。
これがまた凄いお料理でございまして、まるで政治家か、
財界の大物になったような気分で、楽しく飲んだり食べたり致しました。(山吹色のお菓子はありませんでした:ばくばく)
中居さん(まりこ姐さん)のお話では、まだ鮎が解禁になっていないので、鵜飼い見物は出来ないとのことで、
S川さんは少しがっかり為さった御様子でしたが、
きんさんは、このような素晴らしい御接待だけでも身に余る光栄と、
S川さんに大変感謝しておられました。
T花さんは、お食事がすみますと、用事がおありでございましたので、
残念ながら御自宅へお帰りになられました。
きんさんはお部屋にお戻りになられますと、
しばらく私めを相手にお話などなさっていらっしゃいましたが、
さすがにお疲れになられたようで、間もなく布団に入ると、
すぐに爆睡状態に落ちていらっしゃいました。
きんさんは、九州にお住まいの歌手、
S川Mことさんと、T花Kおりさんに、素晴らしい曲を御提供なさいましたが、
この度はそれらの曲の歌のレコーディングをするため、
きんさんは九州においでになることになりました。
なんと、私もそのお仕事を手伝わせて頂いた(正確には妨害活動)ので、
S川さんは、私のような者まで九州にお呼び下さいました。
行きの飛行機は、朝早くの出発でございましたので、遅刻しないように、
寝ないで行くことにいたしました。
特にきんさんは、某先生がらみで超特急のお仕事がございましたので、
それを仕上げてからの旅の御準備となり、少しばかりお忙しそうでした。
それでもきんさんは、丁寧に素早くそのお仕事を片付けますと(AM2時)、
テキパキと御用意を為さって、空港へ向けてお屋敷を出られました(同日AM5時:爆死)。
出がけに私にメールを下さいましたが、
約束の待ち合わせ時間よりもかなり早くお出になられた御様子なので、
この分ではきんさんをお待たせすることになりかねないと、内心深くあせりました。
案の定、きんさんはずいぶん早く羽田にお着きあそばして、
朝のコーヒーを飲んでいらっしゃいました。
合流いたしますと、まずは飛行機の搭乗手続きをいたしましたが、
離陸までにはずいぶんと時間がございましたので、うどんの朝食をとりました。
きんさんは、稲庭うどんを召し上がりました。
飛行機に乗りますと、二人ともさすがに寝てしまいましたが、
気が着いた時にはすでに福岡に着いておりました。
空港には、マネージャーのHさんと共に、
S川さん御自らお出迎えにいらして下さいました。
きんさんは大変感激なさり、S川さんに丁寧にお礼を申しておられました。
S川さんの運転する、高級車に乗せて頂いて、まずはスタジオ近くの
ファミレスで昼食をとることになりました。
ファミレスに着きますと、T花さんもすでにお越しでございました。
S川さんにお昼をごちそうになりまして、お腹もいっぱいになりますと、
いよいよスタジオへ向かい、レコーディング開始となりました。
収録場所は、去年の夏にも使わせて頂いた、久留米市にあるスタジオで、
エンジニアのK江さんも、その時にお世話になった方でしたので、
きんさんは再会を大変お喜びになられました。
今回はS川さん、T花さん共に2曲づつ歌って頂くことになっており、
レコーディングは、まずS川さんのお歌からの収録となりました。
最初の曲は、きんさんがS川さんのために最近書き下ろされた、
男気溢れる力強いナンバーでございました。
S川さんは当日まで、どんな歌い方が良いか、
色々とお考えになったとおっしゃっておられましたが、
その甲斐あって、とても迫力ある歌でございました。
きんさんも大変御満足の御様子でしたが、S川さんの意気込みは素晴らしく、
きんさんが「このテイクにてよろしかろう」とおっしゃるところを、
「今一度の録り直しをば所望いたす!」と、
S川さん御自らリテイクに望まれる場面も、一度ならずございました。
S川さんの2曲目は、去年一度録音した曲で、
take.Dさんの作詞なさった、壮大なメロディのナンバーでした。
先ほどの曲とはうって変わって、優しい感じの曲ですが、
さすがに録り直しを御希望為さるだけあって、
S川さんは心打つほどに歌い上げていらっしゃいました。
そんなS川さんの姿に、「プロ魂」を御覧になり、
きんさんはとても感銘をお受けになった御様子でした。
次に、レコーディングはT花さんの番へと移りました。
まず1曲目は、きんさんがT花さんのために、一年ほど前に書き下ろされた曲でした。
もともとT花さんは、演歌を中心に歌ってこられた方で、
今回のきんさんの曲は、いくぶんポップス寄りの曲調なので、
歌う前に少し御心配の御様子でいらっしゃいましたが、
ブースに入ってひと節歌って頂いただけで、
あまりの素晴らしさに、きんさんも私もぶっ飛んでしまいました。
T花さんには2回歌って頂きましたが、あまりいじらない方が良いでしょうということになり、
レコーディングはすぐに終わってしまいました。
最後のレコーディングは、かたじけなくも私が書かせて頂いた、
正真正銘の演歌(であることを祈る)でした。
T花さんお得意の分野ですので、大変期待しておりましたところ、
なんと私の想像していたよりも、1万5千倍以上の素晴らしさでございました。
「初めての挑戦なので緊張する」とおっしゃっておられた、
間奏部分のセリフも、情感たっぷりに入れて下さいました。
私はあまりの感激に、ミキシングルームで気を失って倒れてしまいました。
きんさんに起こして頂いて目を覚ますと、エンジニアさんがプレイバックをかけて下さいましたが、
この曲についても、きんさんのアドバイスに従って、いじくり回さないことにいたしました。
(つまりほぼ一発OK)
その後、きんさんはS川さんの御希望で、1曲目のサビにコーラスをお入れになりました。
それが終わると、今日のレコーディングは、全て終了となりました。
レコーディング中に、S川さんのお知り合いで、プロのロックシンガーを目指す、
福岡在住のK岩くんがいらしておりました。
きんさんはK岩くんとは面識がおありでしたので、挨拶の後、
厳しいながらも適格な御助言をなさっておいででございました。
K岩くんは、神妙にそのお言葉を承っていらっしゃいました。
エンジニアのK江さんはとても良い方で、
ヴォイスデータの編集の合間に、スタジオで使用している、
最新式のスタジオモニターを試聴させて下さり、きんさんにも勧めて下さいました。
きんさんは大変食指を動かされた御様子でした。
そうこうしておりますウチに、全ての作業が終わりましたので、
スタジオの皆さんにお礼を申し上げて、レコーディングは終了いたしました。